生物における体の構造や機能を考える時に、対象となる生物が「進化した過程」について学ぶことは重要です。生物が持っている形態は、さまざまな進化を遂げて作られたものであるため、その過程を知ることで体の構造や機能が持つ意味を理解することができるようになります。
また、進化過程は、生物の種類によってそれぞれ異なります。そして、一般的に言われている進化論の理論は、植物などに起こる現象を基にして作られているため、人の体にそのまま応用することは現実的ではありません。
人間は脊椎動物であるため、人の体の構造と機能を知るためには「脊椎動物の進化」について学ぶ必要があります。
そこで今回は、「脊椎動物の誕生と陸上で移動するまでの進化過程」について解説します。
歯、顎の獲得
脊椎動物の進化を考える上で、脊椎動物の特徴である「アパタイト化した骨格」について学ぶことは重要です。そして、アパタイト化した骨格は、外骨格として誕生した後、歯と顎の獲得に大きく影響します。
そこで以下に、脊椎動物の歯、顎の獲得過程について記します。
脊椎動物の祖先はホヤ
脊椎動物の祖先は「ホヤ」という生物だとされています。ここでいうホヤは、酒の肴などとして出される現生のホヤとは異なります。脊椎動物の祖先であるホヤは、約5億年前に誕生した「ムカシホヤ」になります。
ホヤは、口から流れ込む海水の中に含まれている栄養分を腸で吸収します。それと同時に、「鰓腸(さいちょう)」と呼ばれる器官で呼吸を行います。
このホヤの幼生が、成体になることなく成長したもの(幼形進化)が、最初の脊椎動物である魚の原型となります。生まれたてのホヤは、オタマジャクシのような形をしています。通常、幼生のホヤは、岩に吸い付いて半分植物のような状態で成体になります。
ただ中には、岩に吸い付かずに、オタマジャクシのような形をしたまま成長してしまうホヤもいます。このように、通常のホヤとは違い、岩に吸い付かずにそのまま成体となる進化を幼生進化といいます。
そして、幼形進化したホヤは、頭進(とうしん)するという特徴を持っています。頭進とは、常に頭を前にして能動的に泳ぎ回る能力をいいます。
アパタイト化した骨格の誕生
脊椎動物の特徴として、「骨格を形作る主成分がアパタイトでできている」ということが挙げられます。アパタイトとは、「燐灰石(りんかいせき)」とも呼ばれ、硬い鉱物になります。
例えば現代では、化学肥料や化学製品、インプラント、人工骨の原料として利用されています。
ホヤは、肌に軟骨で構成されているウロコは持っていますが、アパタイトを主成分とした骨格を有していません。既に述べたように、主成分がアパタイトで作られている最初の脊椎動物である魚の原型は、ホヤが幼生進化して誕生しました。
つまり、脊椎動物の骨格について知るためには「ホヤから魚へ進化するときに、どのようにしてアパタイトが体内に取り入れられたか?」ということを学ぶ必要があります。
幼生進化したホヤは、頭進によって能動的に動くことができます。それに伴って、ホヤの捕食行動も、受動的なものから能動的なものへと変化しました。
もともと、岩に吸い付いて成体となったホヤは、水の流れによって自然と口の中に海水が入り込むことで、その海水から栄養素を取り入れていました。それに対して、幼生進化したホヤは、頭進して能動的に海水を口から体内へ取り込むようになりました。
その結果、エサの種類が変わり、アパタイトの原料となる「リン酸」が摂取されるようになりました。
さらに、口から取り込まれる海水に含まれるリン酸だけでなく、えら呼吸によって海水中のカルシウムイオンも体内に入ります。このリン酸とカルシウムイオンが原料となって、軟骨であるウロコの大部分がアパタイト化することで、硬い表皮が作られました。
つまり、「アパタイト系の骨格は、外骨格として誕生した」ということです。このような外骨格を持つ生物を「骨甲類」といいます。
そして、この外骨格を形作る物質は、「アスピディン」と呼ばれます。このアスピディンの下には、造血細胞の層があったとされています。このことは、進化の過程を知る上で、とても大切なことになります。
ちなみにこの時点では、背骨は軟骨になっていますが、まだアパタイトは含んでいません。
歯と顎の獲得
このように、アパタイト系の骨格は外骨格として獲得されました。そして、その後に歯と顎が形成されます。
ホヤは幼生進化して魚の原型である骨甲類となった後、「円口類」と呼ばれる生物になります。
円口類は、顎を持たない原始的な生物であり、「ヌタウナギ」や「ヤツメウナギ」などが例として挙げられます。これらの生物は、他の魚に吸いついて、魚の肉にもぐり込み、寄生することで生命を維持します。
そして、円口類は外骨格を持っていません。そのため、「生物は進化の過程で骨甲類として獲得した外骨格を、一度、捨てて円口類になった」と考えられていました。
しかし、ある研究によって、円口類の歯は、ホヤの肌に含まれる軟骨に近い成分でできていることがわかりました。そのことから、円口類は、ホヤから骨甲類に進化した後、外骨格を捨てたのではなく「ホヤから直接、軟骨を受け継いだ」ということが予測されます。
つまり、円口類の歯は、軟骨成分であるホヤの皮膚が口の中に侵入して作られたものだということです。
しかし実は、ホヤの代謝システムでは、リン酸とカルシウムからアパタイト骨格を作ることができません。そのため、ホヤの代謝システムをそのまま受け継いだ、円口類はアパタイト骨格を持つことができないため、歯は軟骨成分のままでした。
ただこうした中で、かなり早いスピードで頭進する円口類が出現しました。
頭進のスピードが速くなるにつれて、体内における液体の流れが変わります。半分ほど水を入れたペットボトルを持って真横にスライドさせたときに、素早く動かしたときと、ゆっくりのときでは、ペットボトル内にある水の動きは異なります。
このことと同じように、頭進のスピードが早くなることで、円口類の体内にある液体の流れに変化が生じました。
こうした体内における液体の流動は「流動電流」と呼ばれる電気を引き起こし、器官の分化を誘発します。分化とは、構造や機能が特殊化することをいいます。つまり、頭進スピードが早くなることで、体内で生じる流動電流も変化して、体の構造や機能が変わることになります。
このときに、円口類における体内の代謝システムが変化した結果、口から取り入れられたリン酸から、アパタイト骨格(歯)を作ることができるようになったとされています。
また、円口類は「生殖時期には岩に吸い付いて生殖物質を作る」という特徴を持っています。
つまり、生殖時期の円口類は、水に流されないように岩を噛むことで体重を支えることになります。このときには、口の部分に上下の力が加わります。そして、こうした口の部分にかかる力が流動電流を生み、顎にあたる部分の分化を誘発することで顎が誕生したと考えられています。
このように、生物における歯と顎は、頭進スピードの変化と、円口類の岩に吸い付くという特性によって誕生しました。
肺呼吸と硬骨の獲得
脊椎動物の進化について考える際には、脊椎動物の原生であるホヤの進化を学ぶことは重要です。
ただ、人間はホヤと違い水中ではなく陸上で生活しています。そのため、ヒトにおける進化を理解するためには、生物が水中から上陸したときの進化についても学ぶ必要があります。
そこで以下に、上陸によって得られた肺呼吸と硬骨の獲得過程について記します。
上陸に伴う環境の変化
生物は水中から上陸することによって、さらなる進化を遂げました。そして、上陸する際には、生物の体に大して大きな影響を与える環境の変化が起こりました。それは、「重力」と「空気」という2つの環境変化です。
そこで以下に、上陸に伴って生じた環境変化による身体への影響について記します。
・重力の影響
上陸によって生じた1つ目の環境の変化は、重力の変化です。
一般的に重力による影響というと、体重の変化を考える人がほとんどだと思います。具体的には、水中では陸上における6分の1しか重力の作用を受けません。そのため、陸に上がると、水中で生活するときの約6倍近い体重を筋肉が支えなければいけなくなります。
ただ、重力が与える影響は、筋肉への負担だけではありません。体にかかる重力が変わると、体内における「循環系」も重力の変化に適応する必要が出てきます。
既に述べたように、水中では、浮力によって地上の6分の1しか重力の影響を受けません。このときには、尻尾とヒレ、エラの動きだけで、生物は血液を全身に送ることができました。そのため、心臓が強く働く必要がありませんでした。
しかし、陸上に上がることで、重力の影響を強く受けるようになると、尻尾やヒレ、エラの運動だけでは、血液の循環を十分に補うことができなくなりました。
さらに、下手すると水中の約6倍になった自重によって、潰れて死んでしまう可能性も出てきました。
そこで、陸上に上がった生物は、のたうちまわることで、血圧を上昇させていました。
簡単に想像できると思いますが、のたうちまわるように体を動かすと、心臓にかかる負担が大きくなるため、自然と血圧は上昇します。また、体を動かすことが筋肉を鍛えることにつながり、体重を支えることができるようになります。
その結果、心臓が強く働き全身に血液を送れるようになっただけでなく、重力に耐えられるだけの筋肉を獲得することができました。
・空気の影響
上陸によって起こった環境変化の2つ目は、「水からではなく空気中から酸素を取り入れなければいけなくなった」ということです。
つまり、えら呼吸ではなく肺呼吸が必要になったことです。
水中では、水があったため、えら呼吸で体内に酸素を取り入れることができました。しかし、陸上に上がると、えら呼吸では、酸素を得ることができません。そのため、他の方法で酸素を取り込まなければなりません。
このことによって、肺呼吸を獲得します。
えら呼吸から肺呼吸への変化も、のたうちまわり血圧が上昇したことで可能となりました。実際に、このような適応は、短期間の間で行われます。そして、適応が完了した生物はその後、陸上生活が1時間以上行えるようになります。
こうした、血圧の上昇によって肺呼吸が獲得されるという事実は、某大学の付属病院で行われた研究で明らかになりました。
その研究で行われた実験は「麻酔薬の入った海水にサメを入れる」というものです。
サメは、麻酔薬の入った海水に入れると、どうにかその海水から逃げようと暴れて陸上に逃げようとします。ただ、このときにサメを無理やり抑えて麻酔をかけます。
そして、麻酔がかかった状態のサメに対して、陸上である手術を行います。もちろん、いくら麻酔がかかっているとはいっても、えら呼吸では、サメは数十分で息絶えそうになります。
こうした「麻酔入りの海水につける → 暴れる」ということを繰り返すたびに、サメの血圧は徐々に上昇していきました。そして、5回目の手術時には、1時間以上陸上にいても、全く問題なく、陸上で麻酔が覚めるような状況になっていたのです。
つまり、サメは5回の空気呼吸が行えていたということです。
このように、生物が水中から上陸したときには、体にかかる重力の影響と呼吸環境が大きく変わります。そして、そうした環境の変化によって、生物は肺呼吸を獲得させることになりました。
軟骨から硬骨への変化
水中で生活していた生物の骨は、軟骨の状態でした。しかし、陸上で生活している動物の骨は、ほとんどが硬骨です。硬骨はアパタイト化した骨であり、いわゆる「人間の骨」です。つまり、硬骨とは一般的にイメージされる骨のことをいいます。。
こうした骨の変化も、上陸という環境の変化によって起こったものです。
既に述べたように、上陸すると血圧が上昇します。血圧が上がるということは、血液の流れが強くなるということです。
血流は、血管壁や周囲の臓器の間に活動電流を生み出します。そして、血流によって起こった活動電流は、軟骨に作用して硬骨へと変化させます(分化)。
硬骨の主成分はアパタイトです。アパタイトが存在した状態であれば、一定以上の活動電流が生じると、軟骨を形成していた細胞の遺伝子が電流によって刺激されます。そうなると、遺伝子が変化して、軟骨が硬骨化することになります。
また、生物の骨が軟骨だったときには、血液内の成分である「白血球」や「赤血球」などを生産する「造血巣(ぞうけつす)」は、脾臓(ひぞう)にありました。
それに対して、このように軟骨が硬骨へ変化したことによって、もともと脾臓に存在していた造血巣が骨の中の「骨髄」に移動しました。こうした造血巣の位置の変化も、人の体を理解する上では重要なポイントなります。
このように、生物は上陸によって、硬骨を獲得しました。
ヒレが足になるまで
生物は水中から上陸することで、肺呼吸と硬骨を獲得しました。ただ、それだけでは陸上で移動することができません。
水中では、ヒレを使うことで動くことができていましたが、陸上においてはヒレでは移動することができません。陸上で動き回るためには、ヒレではなく足が必要です。
そこで以下に、ヒレが足に進化するまでの過程について記します。
活動電流によってヒレが骨(足)に進化した
生物は、元々は水中で生活していました。しかし、洪水や干ばつといった環境の変化に伴って、陸上での生活を余儀なくされました。陸に上がるというと、簡単なように聞こえますが、水中で生活している生物が上陸するのはとても大変なことです。
そのため、既に述べたように生物の体は上陸に伴って、陸上で生活できるように進化しました。その大きな変化の1つが、血圧の上昇です。
水中から陸上に上がった生物は、重力の影響が強くなるため、血液の循環が悪くなります。水中では、心臓の力だ弱くても、全身の循環には問題がありませんでした。しかし、陸上ではそう簡単にはいきません。
そのため、のたうちまわることで無理やり血圧を上昇させ、体を適応させました。その結果として、肺呼吸の獲得と軟骨の硬骨化が起こりました。
この血圧の上昇は、血流の増大を引き起こすため、血液と、血管壁や周辺の臓器との間に起こる摩擦力を強めて、活動電流が生じさせます。軟骨を硬骨に変化させたように、活動電流には、細胞の遺伝子に働きかけ、その発現の仕方を変える(分化)力があります。
そして、荷重のかかり方や骨にかかる負荷が変化することでも活動電流は生じます。そのため、体の使い方を変えることで、骨の形も変化するということがわかります。
つまり、「一生懸命地面を這った結果、ヒレの動かし方が変わり、活動電流の影響でヒレが分化して、足の形になった」ということです。
ちなみに、真っすぐであったヒレに関節ができたのは、骨が折れたことが関係しています。骨は一定方向に、反復的に力が加わると、やがて折れます。その折れた部分が関節になったということです、
ウォルフの法則とは
このように、体にかかる力が変化すると、それに合わせて骨の形も変わります。このことは、ドイツの医学者である、ウォルフ氏によって「ウォルフの法則」として提唱されました。
ウォルフの法則とは、簡単に説明すると「骨の形と構造は、かかる負担を一定にしておくと、その負担のかかり方によって、負荷に耐えることができるような形に変化する」というものです。
構造が変化すると、機能も変わることは想像に難しくないと思います。例えば、手の指の骨が全てくっついてしまうと(構造の変化)、手は細かい作業などができなくなります(機能の変化)。
しかし、ウォルフの法則に従えば、構造が機能を変えるだけでなく、「機能の変化によって構造も変わる」ということになります。実際に、指をある一定の姿勢で固定し、使わないようにすると(機能の変化)、関節はその状態で固まり(構造の変化)、動かなくなります。
極端な例を挙げると、常に逆立ちで生活すると(機能の変化)、手の皮や骨は、足底と同じように、厚くなってくる(構造の変化)ということが起こります。
つまり、機能と構造はお互いに影響し合っています。
このように、体の組織は機能が変化すれば構造(形)も変わり、形が変化すれば、機能も変わるようにできています。こうして、どんどん体の形が進化していったということです。
今回述べたように、脊椎動物が誕生して、陸上で活動できるようになるまでには、さまざまな進化の過程がありました。
こうした進化の過程を学ぶことが、さらに人の体を深く理解することができるようになります。