糖尿病

糖尿病の人が知っておくべき生物学:血糖値に影響を及ぼす因子

糖尿病の人は、血糖値を安定させることが大切であることは、十分に理解していると思います。そのため、食事に気を使ったり運動を行ったりして、血糖値が大幅に変動しないように工夫します。
このような生活をしていると、血糖値が大幅に変動することは少なくなります。しかし、それでも、予想外に血糖値が変化するときはあります。それを理解するためには、糖尿病患者に関係する、生物学の知識が必要です。
そこで今回は、血糖値の変動に影響を与える要因について解説します。
 インスリン反応の低下
血糖値が上昇すると、膵臓(すいぞう)から放出される「インスリン」というホルモンによって、血糖値が調整されます。健常人では、このインスリンが適切に分泌されることで、食事などで血液中の糖が多くなっても、数時間内にもとの状態に戻ります。
しかし、糖尿病患者の場合、インスリンの分泌が不足しているか、効きが悪くなっています。そのため、食後数時間経っても、血糖値が高いままになっています。
また、インスリンの分泌は、2段階に分けて行われます。1つ目は、急激な血糖値の上昇に対する素早いインスリンの反応です(第1相)。そして、2つ目が、ある程度まで低下した血糖値を、緩やかに正常値まで戻すものです(第2相)。
第1相のインスリン分泌は、もともと膵臓に蓄えられていたインスリンが利用されます。一方、第2相では、新たに作られたインスリンが使われます。
糖尿病患者では、膵臓へのインスリンの蓄積が行えない可能性が指摘されています。そのため、第1相のインスリン分泌が行えず、急激な血糖値の上昇が起こったり、作られたインスリンがすぐに放出されるため、異常な血糖値の低下が生じたりします。
 起床時の血糖値の上昇
糖尿病患者の場合、とくに夜間に何かを食べたわけでもないのに、起床時に急激に血糖値が高くなっていることがあります。この状態になることを説明するものとして、「ブドウ糖新生」、「暁(あかつき)現象」、「胃不全麻痺」の3つが挙げられます。
 ・ブドウ糖新生
ブドウ糖新生とは、肝臓にて、タンパク質や脂質を材料としてブドウ糖を産生するメカニズムです。血液中に最低限必要な量の糖分を維持するためのシステムです。
また、ブドウ糖新生は、インスリンによって抑制されます。そのため、糖尿病患者では、インスリンの作用不足によって、ブドウ糖新生が過剰に起こってしまう場合もあります。とくに、インスリンの分泌が極端に少ないタイプの糖尿病の人は、注意が必要です。
この、インスリン不足による過剰なブドウ糖新生は、起床時の急激な血糖値上昇を引き起こす可能性があります。
 ・暁(あかつき)現象
通常、インスリン注射を打つと、毎回同じ時間分だけ、その効果は維持されます。しかし、「早朝に限り、体内のインスリンが不活性化されやすくなっている」ということが分かっています。このことに関する、詳しい機序ははっきりしていません。
そして、この現象は、注射によるものであろうが、体内で産生したものであろうが同様に起こります。これには肝臓が関与しており、先ほどの糖新生を促すものです。
通常、暁現象は、就寝後8~10時間後に起こるとされています。もちろん、血糖値が上昇するまでの時間と、増加量には個人差があります。そのため、それぞれにあった治療プログラムを行う必要があります。
 ・胃不全麻痺
糖尿病の合併症の1つとして、「糖尿病性神経症」というものがあります。これは、糖尿病によって血管が傷害された結果、神経障害が生じた状態です。その症状として、疼痛や痺れ(しびれ)などがあります。
糖尿病の一番の特徴として、動脈硬化が生じやすいというものがあります。これは、血糖値が高いことや、大きく変動することなどによって、血管が傷つけられた結果起こる現象です。
そのため、糖尿病では全身に血流障害が起こります。糖尿病による合併症のほとんどは、この動脈硬化によって起こります。
そして、動脈硬化による血流障害が起こると、血液量の変化に敏感な神経の働きが悪くなります。その結果として、糖尿病によって侵された神経が支配する場所の感覚が鈍くなったり、筋肉が弱くなったりします。
このことが、胃や腸の筋肉にも起こります。そして、胃や腸の運動が低下してしまった状態を「胃不全麻痺」といいます。
胃不全麻痺では、便秘やおくび、胸やけ、胃の膨満感などの症状を伴います。しかし、胃不全麻痺の一番の問題は、急激な血糖値の低下を招くことです。通常、糖尿病患者は、食事による血糖値の上昇を予測して、食前にインスリンの注射を打ちます。
しかし、胃不全麻痺があると、食べ物の消化が上手くいかず、予測通りに血糖値が上がらないということが起こります。そうなると、事前に打ったインスリンの作用によって、急激に血糖値の低下が起こります。
そのため、糖尿病患者では、胃腸の働きに障害が出ていないかどうかを、確認しておくことが大切です。
今回述べたように、糖尿病患者では、その特徴ゆえに、通常では起こらないような場面で、血糖値の変動が起こります。糖尿病患者は、糖尿病の治療プログラムを作る際には、このような現象を考慮して作成する必要があります。